【適正な時価とは?】いきなり税務評価VS鑑定評価という飛越的思考になっていないか?

税務上の評価(財産評価・固定資産評価)と不動産鑑定士による鑑定評価のどちらが適正(「適正な時価」)かという争いは、相続税や固定資産税に係る分野ではよく争いの種になっている(課税方式の性質上、相続税に絡む方が多い)。
記憶に新しいところでは、タワマン節税と呼ばれる総則6項の適用事例の令和4年4月19日判決の相続税更正処分等取消請求事件がある。当該事案は「通達(告示)評価額(納税者側主張)」鑑定評価額(課税当局側主張)」のという、通常一般の争いと逆パターンであり、税務・鑑定界隈を賑わせていたので多くの業界人が知っている事例であろう。当該判決の結果は「鑑定評価額(課税当局側主張)」に基づいた課税処分が適法とした。当該鑑定評価額と課税時期前(課税時期:平成24年、購入時期:平成21年)の不動産購入額との乖離率は10%以内であり、不動産相場が下落している時期でもなかったので、社会通念上(相続税が発生しないであろう大多数の一般人)でも「そりゃ、そうなるよね(そうしてよね)」という決着で結局は幕を閉じた。ちなみに、通達評価額と不動産購入額の乖離率は75%・額にすると10億以上もの差があった。

とまあ、上記事例は「6項適用」でググっていただければ色んなページでその内容について確認できるのでここで改めて述べる必要はないかと思う。

しかし、通常の事例は、当該事例と逆パターン「通達(告示)評価額(課税当局側主張)」鑑定評価額(納税者側主張)」が圧倒的に多く、税務評価では高く出てしまい納税額が増えてしまうから、鑑定評価額を主張して納税額を減らしたい意図・目的がある。

※通達評価…財産評価基本通達に基づく評価
※告示評価…固定資産評価基準に基づく評価

府中車返団地事件(最判平成24年(行ヒ)第79号同25年7月12日

「適正な時価」や「税務評価VS鑑定評価」が主要な論点で、かつ、鑑定評価の位置づけについてある示唆を与えてくれる最高裁の判例(+補足意見)が固定資産税の分野で存在しているのをご存知であろうか。
事件番号や判決年月日で検索すればいくつかヒットはするがどれも小難しい情報としてしか出てこない。また通称の「車返団地事件」で検索しても、ヒットするのは経済情報誌のWeb記事と府中市の市議会議員のブログ、不動産鑑定分野の重鎮:田原都市鑑定㈱の田原先生くらいで、マイナーな事例であるのであろう。とはいえ、最高裁の判例になっているからには、重要な「何か」が含まれているには違いない。

【事件の概要】

・土地の固定資産税の基となる評価額が不当だと主張して起こった裁判

・最初の裁判(二審)まででは、自治体側が勝訴。しかし、最高裁が評価方法に重大な問題があると判断し、一審・二審の判断を取り消し、裁判をやり直すよう「差戻し」

・東京高裁での差戻後の判決(控訴審)では、納税者側(住民)が全面勝訴

<裁判官:千葉勝美氏の補足意見>

地方税法341条5号は,固定資産税の課税標準となる固定資産の価格を「適正な時価」としているところ,同法434条に基づく固定資産評価審査委員会の決定の取消しの訴えにおいては,固定資産課税台帳に登録された価格が適正な時価を超えた違法があるかどうかが審理判断の対象の一つとなる。そこで,土地の所有名義人が,自ら独自に提出した鑑定意見書等に基づき,その時価となるべき価格を算出して(以下,この価格を「算出価格」という。),法廷意見の述べる「特別の事情」(又は評価基準の定める評価方法自体の一般的な合理性の欠如)の主張立証を経ずに,上記の適正な時価を直接主張立証することにより,当該算出価格が評価基準の定める評価方法に従って決定された登録価格を下回るとして,当該登録価格の決定を違法とすることができるかが一応問題となろう。

上記の「適正な時価」とは,正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格,すなわち,客観的な交換価値をいうと解されるが,これは評価的な概念であり,その鑑定評価は,必ずしも一義的に算出され得るものではなく,性質上,その鑑定評価には一定の幅があり得るものである。したがって,鑑定意見書等によっていきなり登録価格より低い価格をそれが適正な時価であると摘示された場合,その鑑定意見書等による評価の方法が一般に是認できるもので,それにより算出された価格が上記の客観的な交換価値として評価し得るものと見ることができるときであったとしても,当該算出価格を上回る登録価格が当然に適正な時価を超えるものとして違法になるということにはならない当該登録価格が,評価基準の定める評価
方法に従ってされたものである限り,特別の事情がない限り
(又はその評価方法自体が一般的な合理性を欠くものでない限り),適正な時価であるとの推認が働き
(法廷意見の引用する平成15年7月18日第二小法廷判決等参照),これが客観的な交換価値であることが否定されることにならないからである。

そもそも,このような算出価格が当該登録価格を下回る場合,それだけで,上記の適正な時価であることの推認が否定されて登録価格の決定が違法となるのであれば,課税を行う市町村の側としては,このようにして所有名義人から提出される鑑定意見書等が誤りであること,算出方法が不適当であること等を逐一反論し,その点を主張立証しなければならなくなり,評価基準に基づき画一的,統一的な評価方法を定めることにより,大量の全国規模の固定資産税の課税標準に係る評価について,各市町村全体の評価の均衡を確保し,評価人の個人差による不均衡を解消することにより公平かつ効率的に処理しようとした地方税法の趣旨に反することになる。

実際上,登録価格が算出価格を上回ることにより,登録価格が上記の客観的な交換価値を上回る場合というのは,評価基準の定める評価方法によることが適当でないような特別の事情がある場合に限られる。このような特別の事情(又はその評価方法自体の一般的な合理性の欠如)についての主張立証をしないまま独自の鑑定意見書等を提出したところで,その意見書の内容自体は是認できるものであったとしても,それだけでは当該登録価格が適正な時価であることの推認を覆すことにはならないのであって,登録価格の決定を違法とすることにはならない。なお,実際上は,このような特別の事情の存否が争われている場合でも,評価基準の定める評価方法自体が不適当であるというのではなく,評価方法の当てはめの適否(すなわち当てはめの過程で所要の補正をすることの要否等)の問題として処理すべきであることが多いものと思われる。

上記補足意見について、佐藤英明氏はご自身の著書『固定資産税審査申出マニュアル/㈱ぎょうせい』において、以下のように述べている。

適正な時価は「評価的な概念」、すなわち、取引価額のような実在の額面ではなく、技術的・経験的な判断に基づく”推計値”の域を出ない。・・・

鑑定評価額と告示基準価額とのいずれが適正な時価としてふさわしいか、現実問題としては必ずしも明らかではないが、立法措置としては後者が前者に優越する形での決着が図られているのである。ゆえに、納税者が鑑定評価額を以て適正な時価であると主張しようとする場合、まずは告示基準価額が適正な時価に該当することが否定されなければならない・・・

告示基準を通達評価と読み替えていただければ財産評価の分野でもそっくりそのまま準用できるような内容である。
すなわち、課税上の要請から考えると、財産評価基本通達や固定資産評価基準による画一的・統一的・簡便的な評価事務を通じ、公平課税を実現しようとする目的のため、個々に算定される鑑定評価額が税務評価に先立って採用されることは本来想定されていない。

鑑定評価額の正当性を主張したいのであれば、まずは通達評価又は告示評価の方法や過程上の不合理・不適当及び特別の事情を相当の根拠をもって第一義的に立証しなければならない。とりあえず鑑定評価書を出せばいいというのでは主張がほぼとおらないのは必至であり、このようなことを安易に続ければ課税庁側に有利な事例が蓄積され続け、「鑑定評価」の信頼性が低下し続けるのではないだろうか。

すなわち…
「適正な時価」とは曖昧な概念で、評価主体によって多少の幅がある(=技術的・経験的判断に基づく”推計値”)
専門家の鑑定評価があったとしても、それが国や自治体の準拠する「基準」に代わるものではない(=鑑定評価額は争点の判断材料にはなるが、それだけでは不十分)。
税務上の評価ルール(評価基準)に基づいて計算されているならば、よほどの「特別の事情≒国や市の「基準」に基づくことができない理由」がない限り、その評価は一応正しいものであると推認される
(※上記最高裁判例は「特別の事情」があったから差戻したと明言してはおらず、「評価基準」の適用・法令解釈の適用に誤りがあったため、審理不尽の違法による差戻しである)

個人的にも、変数の多い鑑定評価の正当性をことさら主張するよりも、通達・告示・要領等の評価手法の適正性や解釈適用の部分を突っ込んだ方がよっぽど「言いやすい」と思うのだが…

別分野のルール間でのどちらが正しい・正しくないは不毛な争いにしかならない。

会計の分野でも会社法会計・金商法会計・税務会計があり会計処理上異なる点も多々あると思うが、どれが正しいというような争いはなく(もしかしたらあるのかもしれないが…)、どれもルールとしては適正ではないか、優劣があるのか?

それよりも「ルール(基準)」「ルール(基準)の解釈」そのものにメスを入れようと思う実務家はいないのだろうか。

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