土砂災害警戒区域(イエローゾーン)は相続税評価で減額すべきか?~市場の実態と乖離する評価通達の矛盾~
不動産の「真の価値」とは何か?
不動産に限らず、モノの「価値」とは、何によって決定づけられるでしょうか。
価値には「使用価値(自分がどう使うか)」や「市場価値(いくらで売れるか)」といった概念がありますが、不動産売買で意思決定の前提となるのは、やはり需要と供給で決まる「市場価値」です。


高校で政治経済や現代社会、大学で経済学を学ばれた方は見たことがあるかと思いますが、
左側が通常の財(リンゴとか)で、右が不動産の需要供給曲線と言われています。
恥ずかしながら筆者は社会人になってようやく経済という概念をざっくり知りました。意外と経済学って面白いので、お時間ある人は一度一冊なんでもいいので読んでみてください(個人的にはYouTuberで元大蔵・財務官僚、元安倍総理のブレーンである高橋洋一先生の著書が分かりやすいです)。神の見えざる手、アダム・スミス万歳。
………脱線しましたが話を戻します。
不動産の価格は、基本的に以下の要因で決まります。
①価格を押し上げる要因(増価要因):角地、駅近など
②価格を押し下げる要因(減価要因):再建築不可、嫌悪施設の近接、崖地など
今回は、この「減価要因」の判断において、専門家の間でも議論の余地がある「土砂災害警戒区域(通称:イエローゾーン)」について、相続税評価(財産評価)の観点から深く掘り下げてみたいと思います。
目次
相続税評価における「イエローゾーン」の冷遇
税務に携わる方はもちろんご存知のことと思いますが、
相続税や贈与税の算出の基となる評価額を求めるための基準(=財産評価基本通達20-6)には、以下のように規定されています。
(土砂災害特別警戒区域内にある宅地の評価)
20-6 土砂災害特別警戒区域内(土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(平成12年法律第57号)第9条((土砂災害特別警戒区域))第1項に規定する土砂災害特別警戒区域の区域内をいう。以下同じ。)となる部分を有する宅地の価額は、その宅地のうちの土砂災害特別警戒区域内となる部分が土砂災害特別警戒区域内となる部分でないものとした場合の価額に、その宅地の総地積に対する土砂災害特別警戒区域内となる部分の地積の割合に応じて付表9「特別警戒区域補正率表」に定める補正率を乗じて計算した価額によって評価する。(平30課評2-49外追加)
非常にシンプルに言うと、相続税評価額の場面では、「土砂災害特別警戒区域(いわゆるレッドゾーン)」の土地のみが減価補正の対象になっており、「土砂災害警戒区域(いわゆるイエローゾーン)」による減価補正の規定はありません。すなわち、適用外となっています。
この点について、国税庁は土砂災害警戒区域(イエローゾーン)を適用外とした理由について以下のように述べています。
【参考:別添 土砂災害特別警戒区域内にある宅地の評価】
なお、警戒区域については、市町村地域防災計画による警戒避難体制の整備、土砂災害ハザードマップによる周知など、市町村長等に義務は課せられているが、特別警戒区域に指定されない限り、宅地としての利用は法的に制限されない。
さらに、警戒区域に指定されることにより、当該区域について一定の土砂災害発生の危険性の存在が公表されるが、一般に、警戒区域内にある宅地は、背後にがけ地が控える場合や谷・渓流の近くに存する場合など、区域指定以前から当該危険性の存在は認識されている場合が多く、また、土砂災害発生の危険性は警戒区域内外にわたり比較的広範囲に及んでいることから、土地価格の水準に既に織り込まれているとも考えられる。
したがって、警戒区域内にあるとしても、特別警戒区域内に存しない宅地については、「土砂災害特別警戒区域内にある宅地の評価」の適用対象としていない。
簡潔に整理(要約)すれば、
①法的制限の欠如: 特別警戒区域(レッドゾーン)とは異なり、イエローゾーンは宅地としての利用や建築に法的な制限がかからない。
②価格(路線価)への織り込み済み?: 危険性は区域指定以前からある程度認識されており、すでに路線価(土地価格水準)に含まれているとも考えられる。
つまり、「家は建てられるし、危険なのはみんな知ってる前提の価格でしょ?」 という理屈で、減価補正は行わないとされているのです。
しかし、ここまで読んでいただいた皆様は、この説明に心から納得できますでしょうか? 私は、この国税庁の見解には、市場の実態とかけ離れた「2つの大きな矛盾」があると考えています。
国税庁が公表している見解に妥当性があるか?
①宅地としての利用に法的制限が生じるか否か
確かに、土地利用に法的制限が生じうるか否かという点は、価格形成に重大な影響を与える点ではありますが、価格に影響を与える要素は何も「法的制限」だけではないはずです。その証拠に、財産評価の他の規定では以下の補正(評価)も示されています。
・奥行価格補正(=土地の奥行が標準的な長さに比べ、短くor長くなることによる補正)
・間口狭小補正(=間口が小さくなるにつれて価値が減ずる補正)
・奥行長大補正(=間口に比べて奥行が長いことによる補正)
・不整形地補正(=土地の形が歪なことによる補正)
・地積規模の大きな宅地の評価(=標準的な土地に比べて、規模が大きいことに起因する地積に依拠する減価補正)
※利用価値が著しく低下している宅地の評価(ex,道路との高低差、地盤の凹凸、振動の甚だしい土地、騒音、日照阻害、臭気、忌み等) 等々
これらは「法的に建築できない」わけではありません。しかし、「使い勝手が悪い」「住環境として劣る」という理由で、明確に減価要因として認められています。 物理的な形状や環境要因で市場価値(流通性)が下がるのであれば、法的制限の有無にかかわらず、評価減を認めるのが筋ではないでしょうか。
②「すでに織り込まれているとも考えられる」という曖昧さ
国税庁の見解では、「区域指定以前から当該危険性の存在は認識されている場合が多く…」とありますが、土砂災害防止法に基づく土砂災害警戒区域等の指定以前に、一般の人達がその区域の危険性を認識する具体的方法が果たしてあったのでしょうか?何を根拠に以前から認識されている場合が多いと言えるのでしょうか?
また、相続税評価額(財産評価額)は「時価」すなわち、相続時点での「市場価値」を求めることを主眼に置いています。
・利害関係のない第三者がその不動産を購入するか否か。
・購入する場合にどのような要因を重要なものとして見るか。
といった観点が大事になってきます。
他の条件がすべて一定であると仮定した場合、「土砂災害警戒区域に指定されている土地」と「土砂災害警戒区域に指定されていない土地」、不動産を購入すると考えた場合、どちらを選択するでしょうか?おそらく、貴方だけではなくほとんどの買主は「土砂災害警戒区域に指定されていない土地」を選ぶのではないでしょうか。
さらに疑問なのが、「土地価格の水準に既に織り込まれているとも考えられる」という表現です。
………「とも考えられる」とは何でしょうか?
この違和感をお持ちの方は、おそらく筆者と感性が似ているかと思います(※すみません)。
すなわち上記の見解は、極めて抽象的かつ曖昧な主張(「…とも考えられる→そうとも考えられるし、そうでないとも考えられる」)になってしまっています。
もし本当に路線価の策定段階で、全国津々浦々のイエローゾーン指定状況が精緻に調査され、明確に価格が下げられているのなら納得できます。しかし、天下の国税庁ともあろうものがそのプロセスを証明することなく、大学の卒論で×をつけられそうな「織り込まれているとも考えられる」という曖昧な言葉で片付けて、立証責任を放棄しているようにしか見えません。
「土砂災害特別警戒区域は路線価決定の際に織り込んでいないのに、土砂災害警戒区域は路線価水準に折り込み済み。」と言えるのでしょうか?果たしてそんな器用なことしているのでしょうか?
仮に、路線価策定の段階でそこまで考慮・反映していないということなのであれば、イエローゾーンが市場価値を明確に押し下げる「4つの動かぬ証拠」を以下に提示します。
イエローゾーンが減価要因となり得る4つの根拠
1. 重要事項説明での説明義務
不動産取引において、宅地建物取引業者は購入者に対し、その土地が土砂災害警戒区域(イエローゾーン)内にある場合、重要事項説明書にてその旨を説明する義務があります。 「ここは土砂災害の警戒区域ですよ」と説明されて、喜んで買う人はいません。これは買い手にとって大きな心理的ブレーキとなり、当然、取引価格(市場価値)を下げる要因となります。
2. 国の補助金制度での冷遇
近年、「子育てエコホーム支援事業」などの国の補助金制度において、土砂災害警戒区域内の住宅は「補助金額が原則半額」になるという措置が取られています。 同じ家を建てても、イエローゾーンというだけで受け取れるお金が減る。これは明確な「経済的価値の毀損」であり、土地の市場価値に直結するマイナス要因です。
3. 自治体の固定資産税評価
実は、全国1,700強ある自治体のうち、200以上の自治体が固定資産税の評価において、イエローゾーンによる減価補正を導入しているという事実があります。 地域の実情をよく知る自治体が「価値が低い」と認めているのに、国の相続税評価では「価値は下がっていない」とする。この行政間の「評価のねじれ」は合理的と言えるでしょうか?
これは少しマニアックな知識ですが、相続税評価と固定資産評価の均衡化を図りなさいよ〜というお達しが国税庁と総務省(旧自治省)の共同声明で昔から出ているのです。
※自治体間でも適用がある市町村とそうでない市町村があったり、それも問題かと思いますが……

4. 「災害リスク」は現実の脅威
静岡大学防災総合センターの牛山素行教授の研究によれば、「土砂災害の犠牲者の約8割が土砂災害警戒区域内で発生している」とされています。 これは単なる線引きの問題ではなく、「人の命に関わる現実のリスク」です。このリスクを無視して「通常の土地と同じ評価」とすることは、あまりに乱暴ではないでしょうか。
結論:市場の実態に即した評価を
イエローゾーンの土地は、取引現場では嫌厭され、補助金は減らされ、実際の災害リスクも高い。
これだけの減価要因が揃っていながら、相続税評価においてのみ「影響なし」として扱われる現状には、やはり大きな疑問符がつきます。
(※固定資産評価に反映していない自治体も同様です。)
もちろん、実務上は通達に従わざるを得ない場面が多いですが、国家資格者たる専門家だけでなく国民も「通達がすべて正しい」と思考停止するのではなく、こうした市場の実態(時価)と通達評価の乖離について、常に注視し、場合によっては鑑定評価等他の手段を用いて「適正な時価」を主張していく姿勢が必要だと考えています。
※ちなみに念のため、通達には国民に対する法的拘束力はありません。通達は行政機関内部で、法令の解釈や行政事務の統一を図るために上位機関から下位機関へ指示するもので、国民や企業を直接拘束する法律(法令)ではありません。



