不動産を買ったら届くアンケートどう使われているの?〜取引価格情報提供制度とある業界への事例情報の再流通〜

1.不動産取引価格情報の「その後」について、敢えて考えてみる

日本で不動産を購入すると、後日「不動産取引価格情報の提供」に関する国のアンケート(土地取引状況調査票)が郵送されてくることがあります。国土交通省が実施しているもので、回答された情報は整理・匿名化されたうえで「不動産情報ライブラリ」などとして公開され、誰でも閲覧できる仕組みになっています。この制度は、不動産取引価格の透明性を高め、誰でも安心して不動産の取引を行えるように、実際の取引価格情報を数多く蓄積し、広く国民へ提供していく、国の制度です。この制度自体は非常に重要であり、社会的にも有意義な取り組みだといえるでしょう(不動産購入検討者でも知らない人が多いので、もっと認知されるように頑張ってほしいところです)。

どのようなアンケートかという点については、以下の方の記事が分かりやすく整理されていますので、そちらを御覧ください。

しかしながら、実務の現場に身を置く立場からみると、この取引価格情報が「その後どのように使われているのか」という点について、業界関係者しか知らない語られていない側面があるように感じます。

この記事では、そのあまり語られていない側面について少し書かせていただこうかと思います。

2.集められた「価格情報」は、どこまで流通しているのか

上記のアンケートによって収集された不動産取引の価格情報は、

特定の個人や法人、物件そのものが特定されない形に加工され

統計的、事例的なデータとして整理収集され

Web上で不特定多数に一般公開される

ここまでは、不動産業界や不動産投資家、それなりに不動産に詳しい人であればご存知でしょう。

一方で、その情報は実務の世界では、

不動産鑑定用の「事例資料」として再整理するため

国土交通省&土地鑑定員会→鑑定士協会(各都道府県)等の仕組みを通じて、協会に所属する鑑定士の公的な仕事(報酬有)となり

民間の不動産鑑定事務所や鑑定会社等に有償で提供され

さらに鑑定評価書などの成果品内の情報(※具体的な場所や個人は特定できないよう加工)として、民間(個人や法人)へ有償提供される

という流れの中でも活用されています。

もちろん、鑑定評価は単なるデータの転用ではなく、職業専門家が行う専門的判断を伴う国家資格者としての業務です。制度上も、こうした利用が直ちに違法という話ではありません。

それでも、「情報を提供した一般の不動産購入者(売却者)が、この流れをどこまで理解したうえで提供・協力しているのか」という点には、立ち止まって考える余地があるように筆者は思います。

3.情報提供時の「説明」と実際の利用とのギャップ

多くの購入者や売却者は、

「誰もが安心して不動産取引を行えるように」「不動産市場の透明性向上のため」「統計的情報として国民に資するため」

という説明を受けて、アンケートに回答しています(筆者も回答したことがあります)。

しかし、その情報が結果として、

  • 特定の業界内部のみで再整理され(※地番の記載により具体的な所在が把握できる→登記情報取得により個人情報も閲覧可)
  • 有償の事例情報として業界内部で再流通し、民間ビジネスとしても活用され、最終的には一般消費者や事業者が価格転嫁された報酬を負担している

という点まで、十分に認識されているケースは多くないのではないでしょうか。

ここで筆者が問題にしたいのは、「それが許されるかどうか」ではありません。
情報収集の段階で、その利用のされ方について、どこまで情報提供者に周知・説明されているのかという、説明責任の問題です。

4.無償で集められ、有償で流通する情報

不動産鑑定業界では、取引事例等を補完するためや成果品に記載する情報の一部として、不動産事業者(宅建業者)へのヒアリングによる相場情報収集や精通者意見としての聴取活動が行われることもあります。
その際、

  • 鑑定業者であること、業務の一環であることを明確に説明しない
  • 同業の宅建業者のような立場を装って不動産事業者に聴取する

といった慣行が存在しています(宅建業者の皆様、たまに地域の相場情報を聞いてくる電話がきませんか?)。

これも長年の実務慣行として行われてきた側面があるようですが、「誰が」「何の目的で」「その情報を使うのか」という点が十分に説明・共有されていないまま情報提供が行われているとすれば、現代的なコンプライアンス意識とのズレを感じる人もいるのではないでしょうか。

不動産取引価格情報に限らず、様々な業界で、

  • 情報は無償の協力として集められ
  • 専門性という付加価値の衣をまとい、有償で流通する

という構造が少なからず存在しているかとは思います。そして、それ自体が直ちに「悪い」わけではありません(、、、いや、相手方の負担を考えると迷惑なところは少なからずあるかもしれません。同業のフリを装ってする事業者に対するヒアリング電話は、営業妨害的な要素もある気がするので個人的にもどうかなと思っています)。


しかし、筆者がまずは重要ではないかと感じているのは、「情報提供者が「納得」したうえで協力できるような説明がなされているかどうか」です。

5.問うているのは「合法性」ではなく「説明責任」

本記事は、不動産鑑定業界や制度自体を否定するものではありません。
むしろ、制度が成熟し仕組化+慣行化されている今だからこそ

  • 情報提供の段階でどこまで説明するのが適切なのか
  • 業界内部の慣行が、社会や他業界から見てどう映るのか
  • 一次情報の流通構造が結果として閉鎖的なビジネスの種になっていないか

を、あらためて考えてもよいのではないか、という問題提起です。

情報提供者が、「そういう使われ方をするなら、協力しなかった」と後から感じるような制度や慣行は、果たして健全なのでしょうか。

透明性を高めるための制度が、情報の利用構造については分かりにくいままであるとすれば、それは本来の制度趣旨とも少しズレているような気がします。

取引価格情報が特定の業界団体や専門職を中心に集約され、有償の事例情報として流通する構造は、情報へのアクセスの在り方によっては、市場参加者間の競争条件に影響を与え得る側面も否定できません。これは独占禁止法上の違反だといいたいわけではありません(筆者にはそこまでは分かりません)。ただ、公正な競争環境を維持するという同法の基本理念に照らした場合の、補足的検討事項として位置づけられてもよい論点だと考えています。

6.おわりに

不動産取引価格情報は、誰のために集められ、誰のために使われているのか。そして、その過程は十分に説明されているのか。

明確な正解があるとは、別に思ってはいません。
ただ少なくとも、情報を提供する側が「そんな風に(有償で)使われているとは知らなかった」と後から感じる制度より、理解そして納得したうえで協力できる制度の方が、健全で持続可能かつ信頼できるのではないでしょうか。

当社では、不動産に関わる業務において、情報の取り扱いや説明の在り方についても、最大限誠実であることを心がけています。


最後までお読みいただきありがとうございました。